大腸菌の形質転換について
ここでは「大腸菌の形質転換」について学んでいきます。これらの操作は、例えば「ある遺伝子の機能を調べたいとき」に用いられるような「基本的な実験操作」となりますので、原理と流れをしっかりと習得していきましょう。
大腸菌の形質転換
「形質転換(トランスフォーメーション)」とは、細菌細胞にDNAを直接導入することをいいます。そのため、大腸菌の形質転換とは、大腸菌(細菌の一種)にプラスミドDNAなどを導入する操作になります。
※動物細胞を対象にDNAを直接導入することは、トランスフェクション といいます。
それではなぜこのように大腸菌にプラスミドDNAを導入する必要があるのでしょうか。具体的なイメージをつかんでいただくために、「ある遺伝子Aの脂肪組織での機能を調べたい」という設定を考えてみましょう。
ある遺伝子Aの脂肪組織での機能を調べるためには、まず脂肪細胞(培養細胞)などに遺伝子Aを導入し、タンパク質Aを過剰発現させることによって、細胞内でのその機能を調べる必要があります。この際、脂肪細胞に直接遺伝子Aを導入しても、目的のタンパク質Aを過剰発現することはできません。この理由は、目的のタンパク質Aを過剰発現させるには、正常にmRNAへと転写されてタンパク質へと翻訳される必要があるからです。そのため、実際に遺伝子Aを脂肪細胞などに導入するためには、まず遺伝子Aを「発現ベクター」と呼ばれる「転写や翻訳の制御配列をもつベクター」に組み込む必要があります(このようにして作製されたDNAを組換えDNAといいます)。
※ベクターとは「運び屋」という意味で、プラスミドは代表的なベクターになります。
この発現ベクターには「プラスミドベクター」がよく用いられます。プラスミドは、細胞内(核の外)でゲノムDNAとは自立して増殖が可能な二本鎖の環状DNAのことです。このプラスミドは大腸菌などの細菌の細胞内にもともと存在していて、細胞の生存に有利な遺伝子(抗生物質の耐性遺伝子など)をもっていますので、細菌内から排除されることはありません。
そのため、遺伝子Aを発現ベクターに組み込んだプラスミドを大腸菌内に導入し、大腸菌を培養することによって、目的の組換えDNAを多量に増やすことができます。大腸菌は15-20分ごとに1回分裂するといわれるほど、非常に早く増殖していきます。そのため、培養の次の日には、目的遺伝子を組み込んだプラスミドを多量に得ることができます。ちなみにこの操作によって、ある特定の遺伝子を複製できますので、この操作自体を「クローニング」と呼びます。
大腸菌の形質転換のための準備
形質転換(トランスフォーメーション)を行うにあたって、主に以下の3つを用意します。
①コンピテントセル(形質転換受容性細胞)
②プラスミドベクター
③抗生物質を加えたLB寒天培地
・コンピテントセル・・・氷冷した塩化カルシウムなどを処理することによって作製できる「細胞膜や細胞壁の膜透過性を高めた大腸菌」のことをいいます。簡単にいうと、外来のプラスミドDNAを導入できるようにした大腸菌のことです。コンピテントセルは非常に不安定な状態の大腸菌ですので、必ず氷冷した状態で使用する必要があります。
・プラスミドベクター・・・導入したい目的遺伝子を組み込んだプラスミドなどのことを指します。
・LB寒天培地・・・大腸菌などを培養するときに使用する固形の培地のことです。LB培地はよく使用されますので、組成とともに覚えておきましょう。
LB培地は、以下の組成によって作製します。
①酵母エキス
②トリプトン
③NaCl
④アガー
酵母エキス、トリプトン、NaClを水に溶かすことでLB液体培地ができます。
LB寒天培地は、このLB液体培地にアガーを加えることで作製できます。
実際には、使用前にオートクレーブ滅菌(加熱滅菌)を行いますが、その後、LB寒天培地は冷めることによって固まっていきますので、固まる直前にアンピシリンなどの抗生物質を加えておくことで、抗生物質を加えたLB寒天培地が作製できます。
※一般的にプラスミドベクターには抗生物質の耐性遺伝子が組み込まれているため、形質転換の成功した(プラスミドが導入された)大腸菌だけを抗生物質を加えたLB寒天培地で培養することで選抜することができます。
大腸菌の形質転換の流れ
それでは、実際に大腸菌の形質転換の流れを見ていきましょう。
まずはコンピテントセルが入った1.5mLチューブなどを氷上に用意します。ここに、プラスミドDNAを入れてゆっくりとピペッティングします。その後、42℃の恒温槽(ウォーターバス)で45秒間温めます。そして、すぐに再び氷上で2分間おいてから、LB液体培地を加えます。
その後、抗生物質(アンピシリンなど)を加えたLB寒天培地(プレート)に塗布して、37℃のインキュベーター で一晩培養し、大腸菌の形質転換は完了です。
※抗生物質がタンパク質合成を阻害するものであれば、プレートに塗布する前に、回復期(30-60分程度の時間)を設ける必要があります。
次の日にはプレートに目的のプラスミドをもった大腸菌のコロニーが形成されていることが観察できます。
大腸菌の形質転換についてはこれで以上です。
次は「3)プラスミドDNAの抽出」について学んでいきましょう。
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プラスミドDNAの抽出
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