ジェノタイピングとは?
マウスのジェノタイピング(genotyping)とは、マウスの遺伝子型(genotype)をPCRなどで分析して、特定のDNA配列の存在を確認する方法です。
これは、遺伝子改変マウスを作製した後、導入した外来遺伝子(外部から導入した遺伝子という意味で「トランスジーン」といいます)の発現や、遺伝子の欠損(ノックアウト)を確認するために行われます。
ジェノタイピング(genotyping)行う遺伝子改変マウスの例としては、
ジェノタイピング(genotyping)行う遺伝子改変マウスの例
①外来性の目的遺伝子を過剰発現したトランスジェニックマウス
②内因性の目的遺伝子を欠損させたノックアウトマウス
があります。
トランスジェニックマウスについては、「トランスジェニックマウスとは?【過剰発現マウスの作製方法①】」で解説をしていますのでご覧ください。
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トランスジェニックマウスとは?【過剰発現マウスの作製方法①】
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Cre-LoxPシステムとは?【ノックアウトマウスの作製方法①】
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今回は、特に、
・マウスのジェノタイピング法の流れと原理
について解説していきます。
ジェノタイピングという名前の由来
"Genotyping"は英語の"genotype"(遺伝子型)と"typing"(分類または型付け)を組み合わせた言葉で、「遺伝子型の決定」を意味します。
マウスのジェノタイピング法の流れと原理
それでは、マウスのジェノタイピングの一般的な流れを確認していきましょう。
1. マウスのジェノタイピングサンプルの採取
マウスの区別を行うために、耳穴のパンチングを行い、マウスのジェノタイピングを行うために、まずDNAを抽出するための組織サンプルを尻尾などから採取します。
- 尾部や耳の一部:尾先端の切除(5 mm程度)が一般的です。
- 耳のパンチング:耳に穴を開け、その組織を採取します。
2. 組織からのDNAの抽出
次に、組織を壊すことでDNAを含む内容物を取り出します。
組織の溶解
ここでは、以下の4つの試薬
「Tris(pH8.0)」
「SDS(Sodium Dodecyl Sulfate;ドデシル硫酸ナトリウム)」
「NaCl」
「EDTA(エチレンジアミン四酢酸)」
と「Proteinase K(プロテイナーゼK)」を含む細胞溶解バッファーを使用して、55°C〜60°Cの温度で、一晩ほど(overnight)インキュベーションすることで、組織を壊してDNAを取り出すことができます。
なぜこれらの試薬を加えているかは、答えられるようにしておくと良いです。
以下にこれらの試薬を用いる理由について簡単に解説します。
・Tris(pH8.0)・・・Trisはバッファー(緩衝液)として用います。DNAはpH8.0で安定ですが、RNAはpH8.0で不安定(RNAのアルカリ分解)ですので、DNA抽出の際はよく用いられます。
・SDS・・・SDSは強力な界面活性剤なので、タンパク質変性作用があります。
・NaCl・・・NaClは塩(えん)です。「DNAとRNAの構造」で説明していますように、DNAはリン酸基を持つことから負(マイナス)の電荷をもちます。NaClなどの塩は溶液中ではNa+とCl-に電離します。この時、正(プラス)の電荷をもつNa+はDNAの二本鎖の間に入り込んでDNAを安定化させます。
・EDTA・・・EDTAは2価の金属イオンをキレートする作用があります。キレートとは、簡単に言うと金属イオンに直接結合(配位結合)して、金属イオンの活性を封じ込めることを言います。DNAは細胞内に存在するDNase(DNA分解酵素)という酵素によって分解されてしまいますが、DNaseが働くためにはMg2+などが必要になります。そのため、細胞を破砕したときに、DNAがDNaseによって分解されることを防ぐためにEDTAを加えます。
タンパク分解酵素として、「Proteinase K(プロテイナーゼK)」を上記の細胞溶解バッファーに加えます。プロテイナーゼKは、SDSなどの変性剤の存在下でも変性しないという性質をもつことからDNA抽出の際によく使用されます。
組織溶解液からのDNA抽出
次に、overnight処理していた組織溶解液を遠心分離し、上清を用いてフェノール・クロロホルム抽出・エタノール沈殿によってDNAのみを抽出します。
DNA抽出の具体的な流れ
フェノール・クロロホルム抽出
⇩
クロロホルム抽出
⇩
エタノール沈殿
⇩
Wash
⇩
バッファーに溶解
DNA抽出の場合には、RNase処理を行うことで、RNAのコンタミを防ぐことができます。
フェノール・クロロホルム抽出については、「1)細胞や組織からのDNAやRNAの抽出」で詳しく解説していますのでご覧ください。
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1)細胞や組織からのDNAやRNAの抽出
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3. OD測定とサンプルの希釈
次に、Nano dropなどの微量分光光度計を用いて、抽出したDNAの濃度と純度を測定します。
NanoDrop微量分光光度計は、キュベットやキャピラリーは不要で、わずか1~2 µLのサンプルからDNAの定量と純度評価が可能です。
DNAの濃度と純度については、「3)DNAとRNAの定量法と純度」で解説していますのでご覧ください。
「DNAはA260/A280≧1.8」の場合に純度が高いですが、マウスのジェノタイピングの場合には、純度はそれほど高くなくても問題ない場合が多いです。
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3)DNAとRNAの定量法と純度
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濃度測定を行った後、DNAの濃度が、約50 ng/ μLになるようにサンプルを希釈します。
これは、PCRを行う際に最適なDNA濃度は約50 ng程度であるためです。
4. PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)
次に、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって、微量のDNAを元に、目的のDNA配列を大量に増幅します。
PCRの原理
PCRは、微量のDNAを短時間で大量に増幅することが可能です。この技術の基本的な流れは以下の通りです。
- 変性(Denaturation)
- サンプルのDNAを高温(約95°C)で加熱し、二本鎖DNAを一本鎖に分離します。
- アニーリング(Annealing)
- 温度を下げ(約50–60°C)、プライマーが目的のDNA配列に結合します。
- 伸長(Extension)
- DNAポリメラーゼがプライマーに結合したDNAを伸長し、新しいDNA鎖を合成します。
このサイクルを30–40回繰り返すことで、目的のDNA配列が指数関数的に増幅されます。
PCRについては、「1)PCRの原理と概要」で詳しく解説をしていますのでご覧ください。
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1)PCRの原理と概要
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5. 電気泳動
最後に、PCRで目的のDNAが増幅されたかを確認するために、「アガロースゲル電気泳動」という方法を使います。
これは、増幅されたDNA断片をその「サイズ」ごとに分ける技術で、目的のサイズの遺伝子が増幅されたかを確認することができます。
- アガロースゲルの作成、サンプルをアプライ
寒天のようなゲルを作り、そこにPCRで増幅したDNAサンプルを流します。 - 電気泳動
ゲルに電気を流すと、マイナスの電荷を持つDNAは、プラスの電極の方へ移動していきます。このとき、DNAのサイズが小さいほど速く移動し、大きいほどゆっくり移動します。
アガロースゲルにエチジウムブロマイド(「エチブロ」)などの特殊な色素を加えておくことで、
色素がDNAに結合し、紫外線を当てると光る性質を持っているので、増幅されたDNAがバンド(帯)として見えるようになります。
電気泳動については、「4)アガロースゲル電気泳動」で詳しく解説をしていますのでご覧ください。
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4)アガロースゲル電気泳動
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6. 結果の判定
電気泳動で得られたバンドパターンを解析し、目的の遺伝子が正しく導入されているかを確認します。
ジェノタイピングの具体例
- ノックアウトマウスの確認
- 遺伝子を欠損させたノックアウトマウスの作製後、その遺伝子が正しく欠損しているかをPCRで確認します。
- トランスジェニックマウスの確認
- 外来遺伝子を導入したトランスジェニックマウスでは、目的の遺伝子が正しく挿入されているかを判定します。
- CRISPR-Cas9を用いた変異の確認
- 遺伝子編集技術を用いた場合も、ジェノタイピングで編集が成功しているかを確認します。
マウスのジェノタイピングの方法をわかりやすく解説してみた、についてはこれで以上です。
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