血糖値の増減はインスリンやグルカゴンなどの「ホルモン」によって調節されています。
今回はこれらのホルモンとグリコーゲン代謝との関係について学んでいきましょう。
1.ホルモンによるグリコーゲン代謝の調節
1.血糖値とホルモン
グリコーゲン代謝に関わるホルモンには
高血糖時に分泌されるインスリン、低血糖時に分泌されるグルカゴンやアドレナリンなどがありますが、高血糖時に血糖値を下げるホルモンはインスリンのみとなっています。
これは低血糖の状態が高血糖の状態よりも深刻な影響を及ぼすことから、進化の過程で血糖値を上昇させるホルモンを複数持つように進化したのではないかと考えられています。
(低血糖の状態が続くと脳への唯一のエネルギー源であるグルコースが十分に確保できなくなります)
血糖値を下げるホルモンがインスリンのみであるということは、インスリンの働きが悪くなるとすぐに糖尿病を発症してしまうということになります。インスリンの働きが悪くなった状態はインスリン抵抗性と呼ばれ、2型糖尿病患者においてはこのインスリン抵抗性が原因でインスリンのシグナル伝達が正常に伝わらなくなっていルことが多いです。
※2型糖尿病は生活習慣病で糖尿病患者の90パーセント以上を占めています。
※インスリンを作る膵臓β細胞自体が壊れてしまっている場合もありますが、これは1型糖尿病と呼ばれています。
これらのホルモンは血糖値のホメオスタシスを維持する上で重要な役割を担っているので、それらのホルモンとグリコーゲン代謝との関わりも非常に重要な意味合いを持っています。
インスリンとグリコーゲン代謝
インスリンは膵臓β細胞から放出されるホルモンで血中に放出された後、標的細胞の受容体と結合して細胞内にシグナルを伝えていきます。このときインスリンが結合するインスリン受容体はほとんどの組織で発現してしています。
インスリンの作用として特に重要であるのは
主に代謝に関わる作用と増殖に関わる作用の2種類です。
代謝に関わる作用はグリコーゲン合成、タンパク質合成、脂肪酸合成、GLUT4のトランスロケーションなどが、増殖に関わる作用は細胞増殖が主なものとなっています。
これらの作用の結果としてインスリンは血糖値を低下させますが、ここでは特に血糖値との関わりが深いグリコーゲン合成とGLUT4の膜移行について解説していきます。
インスリンのシグナル伝達
まず、インスリンが標的細胞のインスリン受容体に結合すると、インスリン受容体はインスリン受容体自身が持つチロシンキナーゼによって自己リン酸化されます。これによってチロシンキナーゼがさらに活性化されて、今度はアダプタータンパク質の一種であるIRS(insulin receptor substrate)をリン酸化します。
次にリン酸化されたIRSはPI3キナーゼ(ホスファチジルイノシトールの3位をリン酸化する酵素)を活性化し、細胞膜上のPIP2(ホスファチジルイノシトール2リン酸)をPIP3(ホスファチジルイノシトール3リン酸)に変換します。このPIP3はドッキングサイトとしてプロテインキナーゼB(PKB,Aktとも呼ばれる)やPDK1(ホスファチジルイノシトール依存プロテインキナーゼ)を呼び寄せることができます。
その後、細胞膜に呼び寄せられたPKB(Akt)はPDK1によってリン酸化され、活性型PKB(活性型Akt)に変化します。このようにして生じた活性型PKB(活性型Akt)は細胞膜を離れてさらに下流のタンパク質をリン酸化していき、これによってグリコーゲン合成やGLUT4のトランスロケーションが促進されるのです。
このようなインスリンの経路はその反応の酵素の名前から特に「Pi3キナーゼ/Akt経路」と呼ばれています。
インスリンのシグナル伝達(PI3キナーゼ-Akt経路)のイメージはこちら↓
グリコーゲン合成は肝臓と筋肉で行われますが、これには細胞内のグルコースが利用されています。そのため結果として血中のグルコース濃度も減少します。
一方で、グルコース輸送体の一種であるGLUT4は普段、筋肉や脂肪組織の細胞内に小胞として存在していますが、インスリンのシグナルによって細胞膜へ移行されます。このことを特にGLUT4のトランスロケーションといいます。GLUT4はインスリン依存性のグルコース輸送体で血糖値が上昇したときの細胞内への糖の取り込みに非常に重要な役割を果たしています。
これらをまとめると、血糖値が上昇したときにはインスリンによって
・肝臓と筋肉でのグリコーゲン合成が促進され
・筋肉や脂肪組織に特異的に発現していGLUT4のトランスロケーションが促進され
ることによって血糖値が減少するということになります。
※ここではインスリンによるグリコーゲン合成とGLUT4のトランスロケーションについて解説しましたが、冒頭でも述べたようにインスリンには他にもmTOR経路によるタンパク質合成や脂肪酸合成の律速酵素の遺伝子発現を介した脂肪酸合成の促進など多様な作用があります。これらについては別途解説して行く予定です。
3.グルカゴンとグリコーゲン代謝
グルカゴンは膵臓α細胞から放出されるホルモンで血中に放出された後、標的細胞の受容体と結合して細胞内にシグナルを伝えていきます。このときグルカゴンが結合するグルカゴン受容体は、特に肝臓と脂肪組織などで発現してしています。
グルカゴンの作用として特に重要であるのは代謝に関わる作用です。
これはグリコーゲン分解、糖新生、脂肪分解(脂肪動員)が主なものになっています。
ここでは血糖値との関わりが深いグリコーゲン分解と糖新生について解説していきます。
グルカゴンのシグナル伝達
まず、グルカゴンが標的細胞の7回膜貫通型Gタンパク質結合型受容体であるグルカゴン受容体に結合すると、α,β,γの三つのサブユニットから成るGタンパク質のαサブユニットからGDPが解離し、GTPが結合するグアニンヌクレオチド交換反応が起こります。これによってGタンパク質は活性化されます。
その後、GTPが結合した活性型Gタンパク質はアデニル酸シクラーゼを活性化し、これがATPからcAMPへの合成を促進します。cAMPはセカンドメッセンジャーとしてPKA(プロテインキナーゼA)を活性化し、PKAによってホスホリラーゼキナーゼがリン酸化され活性化します。セカンドメッセンジャーは細胞外のシグナルを細胞内に伝える情報伝達分子のことでホスホリラーゼキナーゼはホスホリラーゼをリン酸化する酵素という意味です。
このようにして活性化されたホスホリラーゼキナーゼはさらに下流のグリコーゲンホスホリラーゼをリン酸化し活性化することでグリコーゲンのグルコースへの分解を促進します。
同時に、PKAはグリコーゲン合成酵素のリン酸化による不活性化やCREB(cAMP応答配列結合タンパク質)のリン酸化による糖新生に関わる遺伝子の発現促進によってもグルコースの生成を促進します。
グルカゴンのシグナル伝達のイメージはこちら↓
グリコーゲン分解は肝臓のみで行われ、肝臓のGLUT2を介して血中に放出されて血中のグルコース濃度を上昇させます。筋肉のグリコーゲン分解は主にアドレナリンによって促進されるという違いがありますので注意が必要です。
これらをまとめると、血糖値が減少したときにはグルカゴンによって
・肝臓でのグリコーゲン分解が促進、グリコーゲン合成が抑制され
・肝臓での糖新生が促進され
ることによって血糖値が上昇するということになります。
※ここではグルカゴンによるグリコーゲン分解と糖新生ついて解説しましたが、冒頭でも述べたようにグルカゴンには他にも脂肪組織における脂肪動員による脂肪分解など多様な作用があります。これについては別途解説して行く予定です。
ホルモンによるグリコーゲン代謝の調節はこれで以上です。
次は「4)ホルモンによる糖新生と解糖の調節」を学んでいきましょう。
-
4)ホルモンによる糖新生と解糖の調節
グリコーゲン代謝がインスリンやグルカゴンなどのホルモンによって調節されているように、糖新生や解糖もホルモンによる調節を受けています。 今回はそのホルモンと糖新生や解糖との関係について学んでいきましょう ...
続きを見る