好気呼吸では「解糖→クエン酸回路→電子伝達系」を経由してエネルギー(ATP)を生み出しています。今回は、解糖とクエン酸回路で生じたNADHやFADH2が、どのようにして電子伝達系でのプロトン勾配の形成に用いられているかを解説していきます。
1.電子伝達系とは
電子伝達系とは、NADHやFADH2から放出された電子がミトコンドリア内膜において伝達される過程で、ミトコンドリア内膜を挟んだプロトン勾配(H +の濃度勾配)を形成し、そのプロトン駆動力によってATP合成酵素からATPを産生する系のことをいいます。
これはNADHやFADH2を酸化することを通じてATPを合成することから、酸化的リン酸化と呼ばれています。解糖やクエン酸回路で行われる基質レベルのリン酸化と混同しないように注意しましょう。
この過程では、最終的な電子の受容体として酸素(O2)が用いられています。これが好気呼吸では酸素が必要である理由となっています。
2.ミトコンドリアについて
ミトコンドリアのイメージ
電子伝達系を学ぶにあたっては、ミトコンドリア部位の名称や構造を理解しておく必要がありますので、簡単に解説していきます。
その前に、まず大前提としてミトコンドリアという言葉を聞いたときに、「クエン酸回→電子伝達系」によるエネルギー生産だけではなく、脂肪酸の分解(β酸化)やケトン体生成も行われる「エネルギー工場」のような存在であるということはイメージできるようにしておきましょう。
ミトコンドリアの構造と名称
ミトコンドリアには外膜と内膜の異なる2つの膜があり、その間の領域のことを特に、膜間腔といいます。ここで重要なのが、外膜にはポーリンと呼ばれるチャネルタンパク質が埋まっているということです。
外膜にはポーリンがあるため、分子量が約1万以下の大きな分子やイオンを通過させることができますが、内膜にはそのような機構が存在せず、プロトンや大きなイオン、極性分子を通過させることができません。
このため、ミトコンドリア内膜には輸送体タンパク質が多く存在し、これらの物質が選択的に輸送されています。
ミトコンドリア内膜の構造は、たくさんのひだをつくって折りたたまれていることが多く、これはミトコンドリア内膜の表面積を大きくすることに役立っています。このような折りたたみの構造はクリステと呼ばれています。
また、内膜の内側にはマトリクスと呼ばれる領域が存在し、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体やクエン酸回路の酵素(内膜に埋め込まれているコハク酸デヒドロゲナーゼ以外の酵素)、脂肪酸β酸化の酵素などが含まれています。
ミトコンドリアの構造と名称はこちら↓
3.電子伝達系の概略
解糖やクエン酸回路で生成されたNADHやFADH2を用いてATPを産生するためには、ミトコンドリア内膜を挟んだプロトン勾配を形成する必要があることを述べましたが、これには電子伝達系を構成する4つの複合体とCoQやシトクロムcが重要な役割を担っています。
電子伝達系のイメージ図はこちら↓
4.電子伝達系の複合体
複合体Ⅰ
電子伝達系複合体Ⅰは、「NADH:ユビキノンレダクターゼ」と呼ばれ、NADHを酸化してユビキノン(Q)を還元します。
NADHの電子をユビキノンに渡す、つまり、「NADHを用いてユビキノンを還元する」という意味からNADH:ユビキノンレダクターゼという名前がついています。
ユビキノンは補酵素Qやコエンザイム Qとも呼ばれ、ミトコンドリア内膜を自由に拡散することができることから、電子伝達系複合体の間で電子の伝達を仲介する働きをしています。
複合体 I が行う電子伝達の第一段階では、NADH の電子がフラビンモノヌクレオチド(FMN)に渡されます。その後、電子は鉄–硫黄クラスター(Fe-S)を経て、最終的にユビキノン(Q)へと渡されます。このようにして電子を受け取った還元型のユビキノンはユビキノール(QH2)と呼ばれます。
複合体Ⅰの反応のイメージ図はこちら↓
このNADHからユビキノンに電子が2個渡される過程で、4分子のH+がマトリクスから膜間腔へと輸送されます。
複合体Ⅱ
電子伝達系複合体Ⅱは、「コハク酸:ユビキノンレダクターゼ」と呼ばれ、コハク酸を酸化してユビキノン(Q)を還元します。この複合体は「コハク酸デヒドロゲナーゼ複合体」とも呼ばれています。
コハク酸の電子をユビキノンに渡す、つまり、「コハク酸を用いてユビキノンを還元する」という意味からコハク酸:ユビキノンレダクターゼという名前がついています。
これは、「2)クエン酸回路の反応」で解説したように、クエン酸回路の酵素のひとつである「コハク酸デヒドロゲナーゼ複合体」と同一の酵素です。
複合体 Ⅱが行う電子伝達の第一段階では、コハク酸 の電子がFADに渡されてFADH2を生じます。その後、電子は鉄–硫黄クラスター(Fe-S)を経て、最終的にユビキノン(Q)へと渡され、ユビキノール(QH2)に変換されます。
複合体Ⅰの反応のイメージ図はこちら↓
このFADH2からユビキノンに電子が2個渡される過程では、マトリクスから膜間腔へと輸送されるH+はありません。
複合体Ⅲ
電子伝達系複合体Ⅲは、「ユビキノール:シトクロムcレダクターゼ」と呼ばれ、ユビキノール(QH2)を酸化してシトクロムcを還元します。このユビキノールは複合体Ⅰと複合体Ⅱで生成されたものが用いられています。
ユビキノールの電子をシトクロムcに渡す、つまり、「ユビキノールを用いてシトクロムcを還元する」という意味からユビキノール:シトクロムcレダクターゼという名前がついています。
シトクロムcはユビキノンとともに電子伝達系で非常に重要なタンパク質で、ヘム鉄(鉄+ポルフィリン環)が含まれていることからヘムタンパク質と呼ばれるタンパク質の一種です。
複合体 Ⅲが行う電子伝達はQサイクルと呼ばれます。この反応では、まず、2分子のユビキノール(QH2)がユビキノン(Q)に変換される過程で4H+を膜間腔へと放出します。同時に4個の電子が放出されますが、2個の電子は別の1分子のユビキノン(Q)をユビキノール(QH2)に変換するために用いられ、残りの2個の電子は鉄–硫黄クラスター(Fe-S)を経て、最終的にはシトクロムc(Fe3+)へと渡され、シトクロムc(Fe2+)に変換されます。
つまり、複合体Ⅰと複合体Ⅱで生成されたユビキノール(QH2)をユビキノンに変換することでシトクロムc(Fe3+)をシトクロムc(Fe2+)に変換しているのです。
このユビキノールからシトクロムcに電子が2個渡される過程で、4分子のH+がマトリクスから膜間腔へと輸送されます。
複合体Ⅲの反応のイメージ図はこちら↓
複合体Ⅳ
電子伝達系複合体Ⅳは、「シトクロムcオキシダーゼ」と呼ばれ、シトクロムc(Fe2+)を酸化して酸素を還元します。このシトクロムc(Fe2+)は複合体Ⅲで生成されたものが用いられています。
シトクロムcの電子を伝達する、つまり、「シトクロムcを酸化する」という意味からシトクロムcオキシダーゼという名前がついています。
複合体 Ⅳが行う電子伝達の第一段階では、シトクロムc の電子がCuAに渡されます。その後、電子はヘムa→ヘムa3→CuBを経て、最終的に酸素(1/2O2)へと渡され、水(H2O)に変換されます。
このシトクロムcから酸素に電子が2個渡される過程で、2分子のH+がマトリクスから膜間腔へと輸送されます。
複合体Ⅳの反応のイメージ図はこちら↓
青酸カリが猛毒であることは有名ですが、その作用メカニズムとして①ヘモグロビンが酸素を運べなくなること、②電子伝達系が阻害されることの2つがあります。シトクロムcオキシダーゼ(複合体Ⅳ)には、ヘム鉄(ヘムa)が多く含まれていますので、青酸カリがこのヘム鉄に配位し、電子伝達系を阻害してしまうのです。
5.電子伝達系におけるH+の膜間腔への移動
電子伝達系では、NADHとFADH2のどちらを電子供与体として用いるかによって、マトリクスから膜間腔へ移動されるH+の数は違ってきます。これは次の項目「2)グルコース1分子あたりのATP合成量(計算)」で解説しているように、ATP合成量の違いと密接に関係しています。
NADHを電子伝達系で用いる場合には、計10H+が膜間腔へと輸送されます。
「NADH→複合体Ⅰ→CoQ→複合体Ⅲ→シトクロムc→複合体Ⅳ→O2」
FADH2を電子伝達系で用いる場合には、計6H+が膜間腔へと輸送されます。
「コハク酸→複合体Ⅱ→CoQ→複合体Ⅲ→シトクロムc→複合体Ⅳ→O2」
※複合体Ⅱはクエン酸回路のコハク酸デヒドロゲナーゼ複合体であり、コハク酸の酸化でFADH2を生じますので、ここでは敢えてFADH2を電子供与体としています。
電子伝達系におけるH+の膜間腔への移動のイメージ図はこちら↓
NADHとFADH2を用いたH+の膜間腔への移動数はこちら↓
電子伝達系の役割とプロトン勾配についてはこれで以上です。
次は「2)グルコース1分子あたりのATP合成量(計算)」について学んでいきましょう。
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2)グルコース1分子あたりのATP合成量(計算)
電子伝達系では、NADHとFADH2のどちらを電子供与体として用いるかによって、マトリクスから膜間腔へ移動されるH+の数は違っていました。今回は解糖やクエン酸回路によって供給されたNADHやFADH2 ...
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