新型コロナウイルスの感染機構について
今回は、「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がどのようにしてヒトに感染するのか」というテーマで、そのメカニズムについてNature Communicationsに掲載された論文もご紹介しながら解説していきたいと思います。
スパイクタンパク質とACE2受容体
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒトに感染するときには、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質が、ヒトがもつACE2受容体(アンジオテンシン変換酵素)に結合することで、感染が起こることがわかっています。
このことから、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質(3量体)は、SARS-CoV-2の治療薬やワクチンなどの有望な標的になることが示唆されています。
このスパイクタンパク質には、S1サブユニットとS2サブユニットの2つの領域があります。
このうち、S1サブユニットには受容体結合ドメイン(RBD:Receptor-Binding Domain)が存在していて、ACE2受容体に結合する働きを持ちます。
一方、S2サブユニットは宿主のもつTMPRSS2などのプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)によって切断を受けることで活性化されて膜融合が起こります。
つまり、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、宿主のもつプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を巧みに利用してヒトの細胞に感染しています。
筆者らは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質を発現するプラスミドとルシフェラーゼを発現するウイルスベクター、パッケージングプラスミドの3つをヒト細胞(HEK293T)に導入することによって、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質を表面にもつシュードウイルス(SARS-CoV-2 Sシュードウイルス)を作製しました。
そして、このウイルス上清を細胞に添加しました。
このシュードウイルスではレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するように設計されていますので、基質を加えることによって、蛍光強度をもとに細胞に感染したウイルス量を測定することができます。
重要なことに、可溶性のヒトACE2受容体をスパイクタンパク質を表面にもつシュードウイルス(偽ウイルス)とともに前培養しておくと、ヒトACE2受容体を発現させた細胞へのこのSARS-CoV-2 Sシュードウイルス(偽ウイルス)の感染は著しく阻害されました。
このことは、ヒトACE2受容体が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の受容体であるという報告と一致していました。
新型コロナウイルスは主にエンドサイトーシスによって細胞内に入り込む
細胞外の物質は、エンドサイトーシスという機構によって、細胞内へと取り込まれることが知られています。
一般に、エンドサイトーシスによって取り込まれた小胞の中の物質は、リソソーム(タンパク質分解酵素を含む)と融合することによって分解されることが知られています。
筆者らは、リソソームの働きを阻害する薬剤を加えたとき、ヒトACE2受容体を発現させたヒト細胞へのSARS-CoV-2 Sシュードウイルスの感染が強く阻害されたことを示しています。
このことは、新型コロナウイルスがエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれていることを示唆しています。
また、エンドサイトーシスに重要な役割を果たすPIKfyve(ホスファチジルイノシトール3-リン酸5-キナーゼ)の阻害剤を用いることで、ヒトACE2受容体を発現させたヒト細胞へのSARS-CoV-2 Sシュードウイルスの感染が強く阻害されたことも示しています。
新型コロナウイルスの細胞内侵入には、Cathepsin Lが重要である
SARS-CoVやMERS-CoVにおいて、宿主細胞のリソソーム内のCathepsinsというタンパク質分解酵素が、エンドサイトーシスを介したウイルスの宿主への感染に重要であることが知られていました。
そこで、Cathepsinsの阻害剤を加えると、同様にヒトACE2受容体を発現させたヒト細胞へのSARS-CoV-2 Sシュードウイルスの感染が強く阻害されました。
そして、Cathepsin Lの阻害剤を加えた時に、ウイルスの感染を強く阻害したことを示しています。
新型コロナウイルスの感染機構を含めた多くの知見が、COVID-19の治療薬やワクチンの開発につながるかと思うと、今後の研究成果も待ち遠しく思います。
【参考文献】
Ou, X., Liu, Y., Lei, X. et al. Characterization of spike glycoprotein of SARS-CoV-2 on virus entry and its immune cross-reactivity with SARS-CoV. Nat Commun 11, 1620 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-15562-9
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