PCR法は、これまで多大な時間と労力を要した遺伝子クローニングにとって代わる手法となり、RT-PCRやリアルタイムPCR、DNAシークエンシングなどのさまざまな手法として応用されています。今回は、そのようなPCR法の原理と概要について解説しています。
PCRとは
PCRとは、Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略で、DNA配列上の特定の領域(目的のDNA領域)を1対のプライマーと耐熱性DNAポリメラーゼを用いて増幅させる方法のことです。
プライマーの設計は自由に行うことができますので、PCR法を用いることで、微量のDNAから特定のDNA領域のみを迅速かつ簡便に増幅させることができます。
PCR法では「①熱変性→②アニーリング→③伸長反応」という3段階の温度変化による反応を繰り返すことによって、理論的にはDNA量を指数関数的(2n倍:2倍、4倍、8倍…)に増幅させることができます。このため、約20サイクル後には理論的に100万倍にまで目的DNAを増幅させることができます。また、PCR法での温度変化は専用の装置(サーマルサイクラー)を用いて行いますので、操作自体は簡単です。
PCRに必要な物質
PCRは、反応チューブの中に、①鋳型DNA、②プライマー、③耐熱性DNAポリメラーゼ、④dNTP、⑤Mg2+を含む緩衝液が含まれている必要があります。以下にそれぞれの用語を解説しておきます。
①鋳型DNA
増幅させたい配列を含むDNA断片を用います。
②プライマー
鋳型 DNA に相補的な塩基配列を持つ短い一本鎖 DNAやRNAのことで、増幅したいDNA領域を挟むように2か所に設計します。生体内のプライマーはRNAですが、PCR法ではDNAのプライマーを用います。通常のプライマー長は、20塩基程度で設計することが多いです。
③耐熱性DNAポリメラーゼ
PCR法では、反応溶液の高温加熱と冷却を繰り返すため、多くの生物がもつDNAポリメラーゼでは失活してしまい、PCRの反応を連続的に行うことはできません。そこで、100℃近くまでを生育至適温度とする好熱菌がもつ耐熱性DNAポリメラーゼがPCRに用いられています。
④dNTP
DNAを合成するために必要なdATP, dGTP, dCTP, dTTPの4種類の基質のことです。
⑤Mg2+
DNA ポリメラーゼが働くために必要です。
PCRの原理
PCR法では、以下の3つの段階を繰り返すことによりDNAを増幅します。下図に示したように、まず、92〜95°CでDNAを①熱変性させ一本鎖とし、次に、任意の温度でプライマーを②アニーリングさせます。最後に、72°CでDNAの③伸長反応を行います。PCRでは、これを1サイクルとして、サイクルが1回行われるごとにDNA量を2倍に増幅させます。
PCR法の長所と短所
それでは、従来の遺伝子クローニングと比較しながら、PCR法の長所と短所について解説していきます。
PCR法の長所
PCR法の長所としては
①クローニングと比べて、簡便かつ迅速に特定のDNA配列を増幅させることができること。
②一度に多量のサンプルをPCRに用いることができること。
③ごく少量の鋳型DNAでPCRを行うことができること。
④実験の再現性が高いこと。
などが挙げられます。
PCR法の短所
一方、PCR法の短所としては
①プライマーが絶対的に必要であり、一般的には1対のプライマーで挟まれた領域のDNA以外を増幅させることはできないこと。
(PCRでは、プライマーを設計するためのDNA配列が既知であることが大前提となります。)
②PCRに用いる耐熱性DNAポリメラーゼは、通常のDNAポリメラーゼとは違い、校正機能(3'→5'エキソヌクレアーゼ活性)がないこと。そのため、PCRサイクル数や増幅させるDNAの長さが長くなるにつれて塩基の取り込みミス(PCRエラー)が増えて、目的DNA配列とは塩基配列の異なる産物が増幅してしまうことがあります。
→PCR後の4)アガロースゲル電気泳動によって、目的DNA配列が増幅されたかどうかを確認できます。
③PCRでは初期DNA量に関して定量性はないこと。(数十回のPCRサイクルを行なった後にDNAが十分に増幅されたかどうかは確認できますが、初期のDNA濃度に数倍の差があったとしても、数十回のPCRサイクル後にはプラトー現象によって増幅産物の量に差が見られなくなります。)
→初期DNA量を定量したい場合、3)リアルタイムPCRによる定量PCRで定量することができます。(リアルタイムPCRを用いると遺伝子発現解析などを行うことができます。)
④コンタミしたDNAに1対のプライマーが結合できる領域があると、そのDNAまで増幅してしまうことがあること。
などが挙げられます。
PCRの原理と概要についてはこれで以上です。
次は「2)RT-PCRによるRNAの検出」について学んで行きましょう。
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