1. Cre-loxPシステムって何?
Cre-loxPシステムとは、遺伝子工学の手法の一つで、特定のDNA配列を切断・除去するために用いられるゲノム編集技術です。この技術は、生物の体の中にある特定の遺伝子がどのように働いているのか(どのような機能を持つ遺伝子であるか)を調べるためによく用いられています。
最近では、ある特定の組織で特異的に遺伝子を欠損したマウス(コンディショナルノックアウトマウス)を作製して、ある特定の組織においてその遺伝子がどのような機能を持つかを調べるためによく用いられています。
Cre-loxPシステムの原理と概要
Cre-loxPシステムは、その名の通り、Creリコンビナーゼという組換え酵素とloxP配列という特定の塩基配列を利用したシステムです。
CreリコンビナーゼとloxP配列については、以下のように理解しておきましょう。
- Creリコンビナーゼ:特定のDNA配列(loxP配列)を認識して切断する組換え酵素(=はさみのような役割)。
- loxP配列:Cre酵素が認識する34塩基対の特異的配列。loxPサイトがDNA上に二つ存在すると、挟まれた領域が切断・除去される。
Cre-loxPシステムの活用例 ①:ヘキソキナーゼ遺伝子の褐色脂肪組織特異的欠損マウスの作製
✔️ 組織特異的に遺伝子欠損を誘導する
たとえば、マウスの特定の遺伝子A(ヘキソキナーゼ)の働きを褐色脂肪組織でのみ無くしたい(欠損させたい)場合を考えてみましょう。
まず用意するのは、全身の細胞でヘキソキナーゼ遺伝子のエキソン内の2カ所にloxP配列(loxPサイト)を導入したマウス(①Hexokinaseflox/floxマウス)を用意します。
次に、褐色脂肪細胞でのみ発現する遺伝子のプロモーター(UCP1という遺伝子のプロモーター)を用いて、Cre酵素を褐色脂肪組織だけで過剰発現させたマウス(②UCP1-Cre+/-マウス)を用意します。
そして、全身の細胞でヘキソキナーゼ遺伝子のエキソン内の2カ所にLoxP配列を導入したマウス(①Hexokinaseflox/floxマウス)とCre酵素を褐色脂肪組織だけで過剰発現させたマウス(②UCP1-Cre+/-マウス)を複数回交配することで、Hexokinaseflox/flox;UCP1-Cre+/-マウスが生まれてくると、褐色脂肪組織で特異的にヘキソキナーゼ遺伝子を欠損したマウスが作製できます。
このような仕組みから、Cre-loxPシステムを用いることで、全身ではなく特定の組織だけで目的の遺伝子を欠損させることができます(=コンディショナルノックアウトマウスの作製)。
重要な遺伝子の中には全身でその遺伝子を欠損してしまうと胚性致死になる(生まれてこなくなる)場合があるので、このような組織特異的な遺伝子欠損システムを利用して遺伝子の機能と疾患などとの関係を調べているんだ。
Cre-loxPシステムの活用例 ②:ヘキソキナーゼ遺伝子の褐色脂肪組織特異的かつ薬剤依存的欠損マウスの作製
✔️ 薬剤依存的に遺伝子欠損を誘導する
前述のマウスモデルの場合、褐色脂肪組織でUCP1が発現してくる発生の早い段階で、Creリコンビナーゼが発現誘導され、遺伝子が切断・除去されるというモデルでした。
しかし、このCre-loxPシステムを活用することで、マウスの特定の遺伝子A(ヘキソキナーゼ)の働きを褐色脂肪組織でのみ、かつ、特定の時期から無くす(欠損させる)ことも可能です。
よく用いられる手法の一つとして、Cre-ERT2の利用があります。
Cre-ERT2システムとは?
ERは、核内受容体である「エストロゲン受容体(Estrogen receptor)」の略で、リガンド(ここでは、エストロゲン)依存的に、核内移行して、転写因子として標的遺伝子の発現を調節する働きがあります。
ERT2は、エストロゲンと構造が類似した「タモキシフェン(TAM)」という化合物をリガンドとして核内移行するように変異を導入したエストロゲン受容体です。
Cre-ERT2とは、CreリコンビナーゼとERT2を組み合わせた融合タンパク質のことで、この組み合わせによって、Creリコンビナーゼをタモキシフェンの投与に依存して核内へと移行させることができます。
Cre-loxPシステムの活用例 ③:薬剤誘導性に老化細胞(p16発現細胞)のみを除去したマウスの作製
✔️特定の細胞のみの除去を誘導する
Cre-loxPシステムの他の応用例として、特定の細胞のみを除去するマウスモデルを作製し、その細胞の役割を調べることもできます。
よく用いられる手法の一つとして、Rosa26-LSL-DTAの利用があります。
Rosa26-LSL-DTAシステムとは?
Rosa26は、遺伝子挿入がしやすく、他の内在性遺伝子に影響を与えにくい領域のことです(この領域に遺伝子を導入しているという意味です)。
LSLは、loxP-STOP-loxPカセットのことで、STOP配列をloxP配列で挟んだ配列です。
Creリコンビナーゼがあることで、二つのloxP配列で挟まれたSTOP配列が切断・除去されて、下流のDTA遺伝子の転写が誘導されるようになります。
DTAとは、ジフテリア毒素A(Diptheria toxin A)のことです。DTAを発現した細胞は、タンパク質合成が阻害されて細胞死が誘導されます。
したがって、Rosa26-LSL-DTAシステムは、Rosa26遺伝子座に、LSL-DTAを導入しすることで、Creリコンビナーゼ依存的に細胞死を誘導できるシステムのことを指します。
それでは実際に、最近注目を浴びている「老化細胞」を除去したマウスモデルを例に考えてみましょう。
老化細胞を特異的に除去できるマウスモデルの作製-Cre-loxPシステムの利用
老化細胞のマーカー遺伝子の一つとして、p16がよく知られています。
まずは、先ほどのCre-ERT2を利用して、p16(老化細胞のマーカー遺伝子)のプロモーターの下流でCre-ERT2を発現誘導可能なマウス(p16-Cre-ERT2マウス)を準備します。
次に、Rosa26-LSL-DTAマウスを準備し、これをp16-Cre-ERT2マウスと複数回交配することで、p16-Cre-ERT2;Rosa26-LSL-DTAマウスが生まれてくると、p16を発現する老化細胞をタモキシフェン依存的に除去できるマウスが作製できます。
このような仕組みから、Cre-loxPシステムを用いて、特定の細胞のみを自在に除去することで、組織内でのその細胞の役割を調べることができます。
Cre-loxPシステムのその他の活用例
Cre-loxPシステムのその他の活用例には、以下のようなものもあります。
- 病気モデルの作成
マウスの遺伝子を操作して、人間の病気に似た状態を再現する研究があります。このような研究から、薬の効果を調べることなどができます。 - 発生の仕組みの解明
生物が成長する過程で特定の遺伝子がどのように働くのかを調べることもできます。これは、心臓や脳が作られる仕組みの研究などにも役立っています。
今回は実験動物としてマウスを例に説明しましたが、ゼブラフィッシュやショウジョウバエなど、さまざまな生物種において遺伝子組換えの実験で遺伝子の役割が詳細に調べられてきています。
Cre-loxPシステムとは?【ノックアウトマウスの作製①】についてはこれで以上です。
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